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第4話 イモとサケ

1.

吸い込まれるような青い色が空全体に広がっている。
その色に良く映えた白いコンクリートが広大な敷地にそびえ立ち、ガラス張りの渡り廊下は空の青を反射して見事な調和を醸し出していた。囲まれた豊かな緑や行き交う活気溢れた人々を含め、その光景はまるでひとつの芸術作品のようである。
ここは白志木大学。専門学科の数や設備、敷地、どれをとっても国内有数の名門大学として知られている。
夢を持った若者たちで溢れかえる大学の、とある講義室―・・・

・・・ではなく、その食堂の厨房に、その姿はあった。
短い黒髪は三角巾に収められ、可愛らしい刺繍の入ったエプロンをまとっておきながらその表情は真剣そのものである。醤油の入ったビン片手に鍋とにらめっこすること数分間、青年の手元からは食欲をくすぐる良い匂いが立ち込めはじめた。少量をすくいあげ口に含むと、満足そうな顔で後ろにいる中年の女性に笑いかける。
「おいしい!これ、めっちゃおいしく出来ましたよ仲野さん!」
「どれどれ・・・。あら、ホントにおいしい!初めてにしては上出来よ。河拿くん、今まで料理したことないとか嘘でしょ?」
仲野、と呼ばれた女性も満足そうに微笑む。相槌をうちながら、照れたように遷己も笑った。
瑞煕が高校に通い始めてからというもの、遷己は河拿研究所で暇を持て余すことが多くなった。祷葵の手伝いをしようにも遷己は細かい作業には向いていないらしく、逆に邪魔をしては祷葵に研究室を追い出される毎日。彼なりに暇を解消する方法を考えた結果、この大学の食堂でバイトすることにしたのである。高校生活を謳歌している瑞煕に便乗し、自分も大学生気分をわずかでも味わいたいというのも一つの理由だ。 面接を通りいざ初出勤してみると周りは中年のおばちゃんばかり。またたく間に遷己はおばちゃん達の息子ポジションにおさまり、ちやほやと可愛がられている。
まぁこういうのも悪くはないか、と遷己が前向きに考えはじめたころ、一人の青年が食堂に元気よく飛び込んできた。
「こーんにちはーっ!おばちゃん、腹へったー!」
声の主の方を見やる。太陽のような赤い髪を首の後ろでひとつにまとめ、その顔は人懐こい笑顔を浮かべていた。見たところ、遷己と歳はそう変わらないようだ。
食堂にはすでに数名の人影があったが、誰も赤髪の青年には見向きもしない。仲野達もにこにこと対応しているところを見ると、この青年の派手な登場は日常茶飯事のようだった。
「いらっしゃいアキラちゃん。今日は何にするんだい?」
「今日はがっつりいきたいからカツ丼定食で!大盛りね!」
はいよ、と返事して仲野が準備にとりかかる。その後ろ姿を見送っていた青年とふと目が合った。
物珍しそうに眺めてくる薄茶色の瞳に、遷己も何も言えずただ無言で視線を返した。何か言おうと口を開いた瞬間、仲野の元気な声に遮られる。
「はいっ、カツ丼大盛りお待ち!あぁ、あとこの子は今日から入ったバイトの河拿くんだよ。二十歳って言ってたから、確かアキラちゃんと同い年じゃないのかい?」
「河拿・・・?」
盆を受け取りながら、アキラと呼ばれた青年は再度視線を遷己に戻した。にっ、と笑みを浮かべてみるものの大分不自然な笑顔になったに違いない。
腹をすかせた学生たちが次から次へと押し寄せ、結局一言も交わすことのないまま青年は遷己の前から立ち去った。しばらくその後ろ姿を見送っていたが、やがて忙しくなった厨房の対応に追われる。
昼の慌ただしさもひと段落つき、食堂を見渡すとそこにはもう赤髪の青年の姿はなかった。

日も落ち始めた午後五時。遷己の次なる目的地は小さな居酒屋だった。
店長とあいさつを交わし、黒いエプロンにタオルを巻いて開店前の厨房に入る。大学の厨房とはうってかわり、若い従業員たちがせっせと料理の仕込みをしていた。
新入りのあいさつを、と口を開きかけたとき、一人の青年が目に飛び込んできた。出しかけた声を飲み込みその青年を目で追う。その様子を見ていた店長も訝しげに遷己の視線をたどった。
鮮やかな赤い髪をうしろでひとつに束ね、ひときわ元気に動きまわっているその青年は、二人の視線に気付いたのかふと手を止めて遷己と目を合わせた。
「「・・・あーっ!!」」
ほぼ同時に声を上げる。そんな二人を交互に見据え、店長が口を開いた。
「なんだ、アキラ。知り合いだったのか?」
「いや、今日はじめて会ったんすよ。大学の食堂で。なっ?」
そう言って遷己に笑いかける。なっ、と返し店長を挟んで笑顔を交わした。
すこし考えるそぶりをしたのち、ほっとした笑みを浮かべて店長が遷己と青年の肩を抱きよせた。その顔は意地の悪い笑みに満ちている。
「なーんだ、なら丁度いいな。アキラ、河拿の教育係決定な。よろしく!」
「はっ!?・・・え、俺が!?」
ぎょっとして目を白黒させる青年の背中を力強く叩き、店長は軽く手を振りながら厨房の奥へと消えていく。呆然と立ち尽くしている青年に満面の笑みで声をかけた。
「はじめまして、河拿遷己です。よろしく、センパイ!」
仕方ない、と腹をくくったのか、振り返った青年の顔もまた、笑みが浮かんでいた。
「よろしく。俺は舞田暁良。同い年なんだろ?気をつかわなくていいよ。」
簡単な自己紹介を済ませ、暁良について行って仕事の手順を習う。開店前の仕込みで積み上げられた洗いものを、二人並んでひたすら片づけて行く。
「河拿って、食堂とここのバイトかけもちすんの?大変じゃね?」
「んー別に・・・。バイト以外特にすることもないしなぁ。」
「フリーターか、良いなぁ。何か夢とかあんの?」
「夢・・・」
言葉につまり、遷己は手を止めた。こんな真っ直ぐな質問に、ただ暇だったからなんて答えられない。
夢なんて考えたこともなかった。古斑との戦いが終わったあとのことなんて考えたこともなかった。
戦いが終わっても、このまま河拿研究所の世話になっていてもいいのだろうか。おそらく、祷葵は良いと言うだろう。
しかし、祷葵のような頭脳も瑞煕のような器用さもない自分に、研究所で務める意味などあるのだろうか。
深刻な顔で考え込んでいる遷己の目に、鮮やかな赤が飛び込んできた。

2.

「河拿?」
「え、あぁ、ごめん。思えば俺、夢ってないなぁと思って。」
「そうなのか?河拿、料理人とか向いてると思うんだけどな。」
暁良はきょとんとして言う。まるで遷己が料理人を目指すのは当たり前だと言うように。
なんで?と遷己が問うと、暁良はにっ、と人懐こい笑みを浮かべた。
「だって、今日のカツ丼定食の味噌汁、河拿が作ったんだろ?すっげー美味かったもん。絶対向いてるって!」
「料理人かぁ・・・」
確かにあの味噌汁は我ながら傑作だとは思う。しかし、自分に料理の才能があるなんて微塵も思わなかった。料理が出来たら、研究所での瑞煕や祷葵の負担も少しは減るのだろう。
料理人を目指すのも悪くないな、と遷己が単純な思考を巡らせていると暁良が急に真剣な表情で口を開いた。
「・・・なぁ、話は変わるけどさ、河拿って兄貴とかいたりする?」
「兄貴?」
目に入れても痛くないほど可愛い妹はいる。しかし、兄となると言葉につまる。
祷葵は兄と呼んでいい存在なのか。もし祷葵のことを指しているのなら、なぜ暁良が祷葵のことを知っているのか?
本日何回目かの脳の酷使をしていると、厨房の奥から声が上がった。
「おーい、舞田!河拿!こっちも手伝ってくれ!」
「はーい!!悪いな変なこと聞いて。行こうぜ。」
暁良にうながされ、話はそこで終わった。しかし、先ほどの暁良の質問は、いつまでも消えることなく遷己の脳裏に渦巻いていた。

バイトを終えた遷己が研究所に戻ったのは午後9時を過ぎた頃だった。
無駄に広い玄関を通り抜け、白い廊下を小走りで駆け抜ける。パタパタとスリッパの跳ねる音が静かにこだまする。住み慣れた我が家とはいえ、この静けさがどうにも遷己は苦手だった。やがてたどり着いた従業員食堂からは明るい光が漏れている。
「ただいまーっ」
廊下の恐怖をぬぐい去るように明るく食堂に飛び込んだ。コーヒーの良い香りが鼻をくすぐる。向かいあってテーブルについていた祷葵と瑞煕は。遷己の声に笑顔で視線を向けた。
「お帰り遷己。こんな時間までお疲れだったな。」
まあなー。と溜息まじりに呟き、祷葵の隣に腰かける。すかさず、コーヒーの入ったマグカップが目の前に置かれた。礼を言うと、瑞煕はにこっと笑い、自分の席に戻った。
「どうだったんだ?初出勤の感想は。」
「もーバッチリだっての!俺の作った味噌汁、大好評だったんだぞ。」
ぐっ、と両手でガッツポーズを作ってみせる。ほう、と感心したように祷葵が目を見開く。その正面では瑞煕が満面の笑みでパチパチと小さく拍手を送っている。その光景に遷己の頬もゆるんだ。
頑張ったな、えらいぞと頭をくしゃくしゃになでる祷葵に照れ笑いを返す。こうしてみると、祷葵は兄のようであり父のようでもあった。暁良に投げかけられた質問が脳裏に甦る。意を決して、遷己は口を開いた。

「・・・そういえばさ、祷葵。舞田暁良ってやつ知ってる?」
「舞田?」
祷葵の動きが止まった。不思議そうな顔をして瑞煕が首を傾げる。先を促すように遷己が続けた。
「今日、バイト先で知り合ったんだ。俺と同い年の大学生で、いきなり兄貴いる?って聞かれてさ。多分祷葵のことだよな?」
「・・・そうだな。以前ここに舞田朝奈という女性が勤めていた。年齢からして、おそらく彼女の弟だろう。」
「へぇー。彼女?彼女だったの?」
ニヤニヤと笑いながら遷己が返す。次の瞬間、祷葵が手にしていたマグカップで遷己の額を小突いた。ごつん、と気持ちのいい音が食堂に響く。
「小学生みたいな揚げ足のとり方をするんじゃない。」
「いってーな。良いじゃん教えてくれたって。ケチ。」
うらめしそうに口を尖らす遷己はさながら本物の小学生のようだった。横から遷己につんつん突かれながらも祷葵はコーヒーを啜る手を止めようとはしない。
仲の良い兄弟がじゃれているようなその光景を、瑞煕も微笑ましく見つめていた。

団欒の時間を終わりを告げ、時刻は深夜11時をまわろうとしている。
先程までの賑やかさが嘘のように研究所内は静まり返っている。河拿研究所の所長室もまたその例外ではなかった。
様々な資料が積み上げられた机上に黒いデスクトップパソコンがひとつ。壁にはコートや白衣が無造作にかけられ、床に散らばったいくつもの大きな鞄は毎朝祷葵が松葉杖をひっかけて転ぶ原因となっている。
白い棚の上には1枚の写真立てがひっそりと飾られている。その写真の前で祷葵は足をとめた。
真新しい、白い建物の前に複数人の男女が集まっている。中央には眼鏡をかけた髪の短い男性が笑顔を浮かべ、その隣には紅色の髪の女性がピースサインを作って笑っている。
眼鏡の男性の後ろには、黒髪で切れ長の瞳をもった若い男が、紅色の女性に負けないほどの笑顔とピースサインで自己主張をしていた。その隣には、大人しそうな若い女性が控えめに微笑んでいる。
中央の4人の周りにも、研究所の従業員と思われる男女が思い思いのポーズで写真に写っていた。懐かしそうに目を細め、祷葵は写真立てを手にとった。
「朝奈・・・」
呟いて、写真立てを持つ手に力を込める。眉をひそめたその表情は悲しみに歪んでいた。
朝奈の弟である暁良と遷己が出会うとは不思議な巡り合わせもあるものだ。
「あれからもう4年か・・・。」
写真立てを棚の上に戻し、溜息を吐く。白衣を脱いで近くの椅子の背もたれにかける。
その瞬間、白衣のポケットに入れていた携帯電話がけたたましく鳴りだした。
画面に表示された名前を見て息をのむ。懐かしい名前だった。ふ、と祷葵の顔に自然と笑みがこぼれる。通話ボタンを押し、棚にもたれかかりながらゆっくりと電話を耳にあてた。

「久しぶりだな。」
『久しぶりだね。』

受話器の向こうから聞きなれた声がする。その日、穏やかな談笑は夜遅くまで続いていた。

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第3話 こわいもの

乾いた音とともに黒い体に撃ちこまれるそれは、決して致命傷にはなりえないことをこの数分で遷己は悟っていた。
心臓を狙っても、足に弾を撃ち込んでも、異様な生物はすぐに態勢を立て直して遷己に襲いかかってくる。
おまけに相手は巨大な翼をもっていて、空中にも地上にも逃げ場所など無かった。
「・・・ったく、しつっこいんだよ!!」
左手を構え、赤く光る不気味な眼球に狙いを定める。両目とも潰してしまえば、あとはこっちのものだ。
距離をとり、わずかな隙をうかがう。二つの赤い光は遷己を捉えて離さない。的確に動きを追い、先回りしては容赦ない攻撃を繰り出してくる。
対峙する生体の鋭い爪が振り下ろされるたびに商店街の床が割れ、天井が割れ、力なく垂れ下がった電線からは溜息のような火花が漏れていた。
(せめて、一瞬でも奴の動きが止めれたら・・・!)

その瞬間、背後でひゅっ、と風を切る音がした。反射的に身をかがめた遷己の頭上を一抹の風が吹き抜ける。瞬きする間もなく、気がつくと白い刃が禍々しいまでに黒い体を貫いていた。
「瑞煕!?」
激痛にのたうち回る黒き異形の右足にその刀身を肩まで埋め、遷己を守るように立ち塞がっているのは逃げたはずの妹だった。
赤く光る異形の目が瑞煕を捉えた。確かな憎しみを込めて、自身の右足を貫く白い楔を睨みつけている。
(今だ!)左手を掲げ、異形の瞳めがけて一発、二発撃ちこむ。

タァン、タァン

乾いた音とともに、赤い光がひとつ消えた。のけ反って雄叫びをあげ、黒く大きな身体を縦横無尽に叩きつけている。
この異形の次の動向をうかがっているのだろう、瑞煕も肩まで埋めていた楔を外して遷己の隣に並んだ。片目と片足を失い、地面に這いつくばるその生物は明らかに衰弱していた。
「瑞煕・・・なんでお前、戻って・・・。」
妹を危険にさらしたくはない。願わくばあのままほとぼりが冷めるまで逃げきっていて欲しかった。
そんな遷己をよそに、瑞煕は刀身についた異形の体液をひゅっ、と払うとその切っ先を目標へ向ける。
その目には、普段の温厚な彼女からは想像もつかない、鋭い光が宿っていた。
「・・・わかったよ。俺が目を狙うから、瑞煕はもう一回ヤツの動きを止めてくれ。無理はするなよ。」
こくり。異形から目を離さずに瑞煕がうなずく。それを合図に、二人は同時に駆けだした。

態勢を立て直そうとした異形に、白い刀身が襲いかかる。灯りの消えた商店街の中で、それは美しい光を放っていた。
一抹の風とともに異形の翼が片方、弧を描きながら宙を舞った。激しい雄叫びが空気を揺らす。めちゃくちゃに振り下ろされる鋭い爪を、地面に膝をつきながら受け止めた。割れたガラスの破片が皮膚へ突き刺さり、瑞煕の顔が歪む。
タァン、タァン――
熱い鉛が異形の目に撃ちこまれる。もうひとつの光を失い、耳触りな断末魔が商店街に響いた。
「やったぞ、瑞煕!早くそこから離れろ!」
めちゃくちゃに暴れる異形の足元にうずくまる妹に声をかける。しかし、瑞煕が動く気配はない。
振り回される爪は未だ見当違いで瑞煕を捉える様子はないが、それも時間の問題のように思えた。
瑞煕の膝からは血が滲み、それが彼女の足枷となっていた。助けに行こうにも、両目を失った異形の動向は読めず、うかつに近寄ることはできない。
「くそっ・・・どうすれば・・・!」

 ――バチッ バチッ
遷己の視界の隅で何かが光った。天井からぶら下がった電線が、近くの店から転げ出したペットボトル飲料水の中身に触れて火花を散らしていた。
振りあげられた鋭い爪が、ちょうど瑞煕の頭上に影を落としている。もう、時間はない。
火花を散らす電線めがけ、遷己は一目散に走りだした。左腕をかまえ、細いコードに狙いを定める。
「―瑞煕にっ・・・!」
爪が振り下ろされる。ぎゅっと目を瞑り、来る衝撃に身を構えている瑞煕が見える。
そんなことはさせない、絶対に。
「触るなぁっ!!」
タァン― 渾身の力を込めた弾が放たれる。
力なくぶら下がっていた電線が弾かれ、バチバチと音を立てながら弧を描く。
そしてそれは、今まさに瑞煕を捉えんとする異形の腕に火花を散らした。
「ギャアァッ!!」
異形がのけぞり、身体をよじってコードを振りほどこうとする。
しかし、それは意志を持っているかのように動けば動くほどその黒い身体へと絡みついた。
ズン、と地面を揺らして異形がその身体を地面に放り出した。徐々にその動きが鈍くなっていき、やがてピクリとも動かなくなる。
肉の焦げるような臭いと煙がたちこめる商店街には、二人の荒い息使いしか聞こえてこなかった。
「瑞煕!大丈夫か!?」
左腕を元に戻し、遷己が瑞煕の元へと駆け寄る。遷己に支えられて立ち上がり、瑞煕はうなずいてみせた。数台のパトカーが商店街に向かってくるのが聞こえる。サイレンは徐々に大きくなり、静寂を取り戻した商店街にうるさいくらい響き渡った。
「やーっと来たか。遅いんだよ、まったく。
瑞煕、あとの処理は警察に任せるとして俺達は帰るとしようぜ。祷葵が心配して待ってる。」
その言葉に瑞煕はこくり、とうなずく。痛む足を庇いながら遷己に手をとられて歩き出した。
しかし、商店街を抜けた瞬間、瑞煕が歩みを止めた。手を引っ張られ、つられて遷己も足を止める。
「どうしたんだ瑞煕。帰らないのか?」
こくり、とうなずく。その視線は一軒の民家を見据えていた。
遷己の手をすり抜け、民家めがけて走りだす。
「あっ、おい!」
制止の声もむなしく、瑞煕の後ろ姿は細い路地へと消えて行った。
小さく溜息をつき、遷己も後を追う。サイレンや話し声が、どこか別の世界の音のように聞こえた。

2.

もう大分日も落ちきった。冷たい夜風に吹かれ、ゆっくりと意識を取り戻す。
全身にかいた汗が冷えて体温が奪われる。それでいて喉はカラカラだ。けだるそうに首をもたげ、閨登はゆっくりと目を開けた。
民家の角から漏れるパトカーの光。すっかり暗くなった街を照らす街灯。あれから随分と長い間眠ってしまっていたらしい。
放り出された手のひらを誰かにぎゅっ、と握られ、朦朧とした意識から抜け出した。はっとして目をやると、ガラス玉のような二つの瞳と目が合った。「よかった」と口だけ動かして満面の笑みを浮かべている。
「河拿さん・・・。」
その名前を口にすると、閨登自身も深い安堵感に満たされた。身体を起こし、瑞煕に微笑みかける。
「気がついたか?」
声のした方へ向くと、瑞煕の後ろから一人の青年が現れた。黒い髪に切れ長の瞳、手にはペットボトルが握られている。身にまとった白衣は、何故か左腕だけボロボロに裂けていた。
青年からペットボトルを渡され、ありがとうございます、と短く礼を言う。蓋を開けて中身を喉に流し込むと、水分を失っていた身体がみるみるうちに回復していくのがわかった。
「瑞煕が危ないところを助けてもらったみたいで、サンキューな。俺は河拿遷己。瑞煕の兄だ。」
そう言って、右手を差し出す。負傷した腕を庇いながら閨登も立ち上がり、その手を握った。
「はじめまして。河拿さんのクラスメイトの鴕久地閨登です。」
短い自己紹介と握手が終わり、遷己に支えられて瑞煕もフラつきながら立ち上がる。膝の出血は止まったものの、簡単な手当しかしていない傷口は依然ヒリヒリと痛んでいた。瑞煕の膝に気付き、閨登が目を丸くする。
「河拿さん、その傷・・・!」
閨登の視線に気づき、瑞煕は慌てて両手で傷口を隠す。言い訳を必死で考えているであろう瑞煕の顔はすっかり困り果てていた。見かねて遷己が茶化すように笑う。
「さっきそこで派手にすっ転んだんだ。こう見えてドジでどんくさ・・・いてっ!」
顔を真っ赤にした瑞煕にどつかれ、言葉はそこで途切れた。そんな二人を見て閨登も小さな笑い声をあげ、瑞煕の顔が耳まで赤くなる。
「いたた・・・。あんたこそ、その腕の傷は大丈夫なのか?なんだったら、家まで送っていくぞ。」
「いえ、僕は大丈夫です。ありがとうございます。」
ぺこりと頭をさげ、人懐っこい柔和な笑みを浮かべる。律儀な少年がいたもんだと、遷己も感心したように笑った。
「そっか。じゃあ、気をつけてな。瑞煕、帰るぞ。」
そう言って踵を返し、暗闇に向かって歩きだす。瑞煕も慌ててその後を追いかけ、二・三歩歩いたところでピタリと歩みを止めた。思い出したように振り返り、とたとたと閨登の元へ走り寄る。
閨登が首をかしげていると、瑞煕は満面の笑みで、
『 あ り が と う 』
と口だけ動かして告げた。その動きを読み取り閨登が微笑むと、瑞煕もぺこりと頭を下げて満面の笑みを返した。そしてひらひらと手を振ると、大分離されてしまった遷己の背中を追いかけてまたとたとたと駆けてゆく。
その姿が見えなくなるまで、閨登はそこから動けないでいた。

時刻は夜の九時をまわり、祷葵の焦りは段々と強まるばかりだった。
何度か戦闘に向けて訓練はしていたものの、実際に異形と戦うのは初めてである。戦場に送りだした遷己が帰ってこないのはもとより、瑞煕の帰りが遅いことにも気をもんでいた。
遷己と合流して異形との戦いに臨んでいるのか、襲撃に巻き込まれ怪我でもしているのか、はたまた全くの別件で事故や事件に巻き込まれているのか―・・・。
腕時計と山道に視線を往復させながら本日何度目かの思考を巡らせている最中、暗闇の奥から待ち望んでいた二つの人影がゆっくりとその姿を現した。祷葵の顔に一瞬にして笑顔が戻る。
「遷己!瑞煕!無事だったか!」
松葉杖をつきながら、今にも転ぶ勢いで二人に駆け寄る。そんな祷葵に気付き、遷己と瑞煕も慌てて祷葵の元へと駆けだした。案の定、体勢を崩して前のめりに倒れる身体を二人がかりで支える。松葉杖を手放し、ゆっくりと膝をつきながら、祷葵は空いた両腕で遷己と瑞煕を抱きしめた。安堵からか深い息をつき、二人を抱きしめる手に力をこめる。
「お、おい・・・祷葵・・・?」
「心配したんだぞ・・・。良かった、無事で・・・」
顔は見えなくとも、震える声から祷葵の表情は読み取れた。幼い子をあやすように背中をぽんぽんと撫で、遷己が笑う。
「よーしよしよし。なんだか祷葵って涙もろいよな。もちょっとクールキャラで通したほうがいいんじゃないの。」
「バカ、茶化すんじゃない。私がどれだけ心配したか・・・」
二人を離し、小さく溜息をつく。その顔にはいつもの笑顔が戻っていた。
松葉杖を拾い上げ、二人で祷葵を支えながら研究所に入る。長い廊下や、無機質な白い壁がどこか懐かしく感じた。
「古斑のペットは無事仕留めたのか?ヤツからの警告文によると相当デカいやつが来たそうじゃないか。せまい商店街では戦いにくかっただろう。」
廊下をゆっくりと進みながら祷葵が口を開く。その問いに、遷己は元気よくガッツポーズを作って見せた。
「まっかせとけって!俺と瑞煕のハイパーコンビネーションで見事やっつけてやったぜ!」
瑞煕も笑顔でガッツポーズを作る。遷己も、祷葵を見ただけで腰を抜かしていたあの頃と比べると随分とたくましく見えた。「そうか」とだけ返し、にやけて緩んだ顔を見られまいと廊下の先を見据える。
「祷葵の方はどうだったんだ?俺達が商店街に気を取られている間に襲撃とかなかったか?」
「ああ、私のほうは問題ない。・・・しかし、困ったものだ。私の研究内容を守るために君たちに協力してもらっているはずが、今は研究内容を盗まれることより君たちを失うことの方が何倍も怖いよ。これでは本末転倒だな。」
そう言って肩をすくめる。耳がかすかに赤くなっているのを見て、遷己と瑞煕は顔を見合わせて笑った。

後日、祷葵から二人に携帯電話が買い与えられたのは言うまでもない

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第2話 こうこう

瑞煕と遷己が目覚めてからというもの、河拿研究所の朝はずいぶんと賑やかになったようだ。
朝一番の目覚まし時計で最初に起きるのはいつも瑞煕で、少し遅れて祷葵が寝ぼけ眼をこすりながら危なっかしい足取りで起きてくる。松葉杖をひっかけて転ぶのは日常茶飯事だ。
二人並んで朝食の準備を済ませ、食堂に良い匂いが立ち込めた頃に、ようやく遷己が部屋から出てくる。三人揃って朝食を摂るのは決まりごとのようだった。
いつもの朝の光景。しかしこの日、瑞煕はずっと落ち着かない様子で、手早く朝食を済ませると早々に食堂を出て行ってしまった。
まだ半分寝ている様子の遷己が、瑞煕の消えた扉を見つめている。
「んぁ~瑞煕のやつどうしたん・・・なんかやけに急いでね?」
「おや、遷己には話してなかったかな?今日から瑞煕は市内の高校に通うことになったんだ。
転入初日から遅刻するわけにもいかないからね。どこかの誰かさんみたくゆっくりしてられないのさ。」
うっ、と息を詰まらせ、遷己が残りの朝食をかきこんだ。そんな遷己を見て、祷葵は軽く笑い声をあげるとコーヒーのカップに口をつけた。
口いっぱいにかきこんだ朝食を飲み込むと、神妙な面持ちで遷己が口を開いた。
「・・・なぁ、祷葵。俺さ、瑞煕の高校に一緒についてった方がいいかな?父兄参観っての?
あいつ、友達できるかなとか、いじめられないかなとか、色々心配だし・・・」
「やめろ。初日から瑞煕に恥をかかせる気か。」
あーだこーだと考え込んでいる遷己に、祷葵の容赦ない一言が下る。
しかし、遷己は未だ深刻な顔をして、祷葵の目をまっすぐ見た。
「・・・だってさ、瑞煕、可愛いだろ。」
「ああ可愛いな。でも、それがどうした。」
「だから心配なんだって!変な奴に声かけられないかな、とか悪い奴に騙されないかなとか。
あいつ、単純だからすぐに騙されそうで・・・いてっ!」
ぺちっと頭をはたかれ、遷己の言葉はそこで途切れた。振り向くと、高校の制服に身を包んだ瑞煕が呆れた顔で立っている。
瑞煕は遷己と祷葵の顔を順に見ると、力強くガッツポーズをした。「ひとりでも大丈夫」そう言っているようだった。
心配していた張本人を目の前にし、遷己の不安は一気につのったようだ。瑞煕の肩を掴みガクガクと揺らしながら、遷己は泣き出しそうな声をあげる。
「ほ、本当にひとりで大丈夫か?」
こくり。瑞煕が力強くうなずく。
「道に迷ったりしないか?転んで怪我とかしないか?」
こくり。
「知らない人に声かけられても絶対ついていっちゃ駄目だぞ。」
こくり。
「や、やっぱり俺が一緒に・・・」
ぺちんっ
遷己が頬をおさえて床に伏した。言葉をもたない瑞煕の表現は時に強烈である。
鞄を持ち直し、笑顔で手を振ると、瑞煕は走って行ってしまった。遷己は未だ心配そうにその後ろ姿を目で追っている。そんな二人に笑みをこぼしつつ、祷葵はすっかり冷めたコーヒーをすすった。

山を下り、バスに乗り、長い道のりをかけてようやくたどり着いたのは赤レンガ造りの大きな建物だった。
四階建ての校舎。その裏には広い校庭とテニスコートにプール。市内の高校の中でも最高の設備と広さを誇るその高校の前で、瑞煕はひとり立ち尽くしていた。
その外観に圧迫されて、これから先の学園生活に少しの不安をつのらせる。しかし、祷葵と遷己の前で大丈夫だと言い張った以上逃げることは許されない。大きく深呼吸をし、登校する他の生徒に紛れて確かな足取りで校内の中へと歩みを進めた。

職員室に向かい、担当の教師との面会を済ませると授業開始のチャイムと同時に二階の教室へと連れられた。2年A組、そこが瑞煕の転入するクラスのようだ。
ちょっと待っててね、と声をかけられ瑞煕がうなずき返すと教師は扉を開けて教室の中へ入っていった。中から笑い声や話し声が溢れだし、それに被って教師の「はい静かに―・・・!」という声が響く。教室のざわめきが徐々に小さくなると同時に瑞煕の心拍数は上がるばかりだ。
「みんな前に聞いたと思うけど、今日からこのクラスに新しい仲間が加わります。それじゃ河拿さん、入ってきて。」
名前を呼ばれ、瑞煕は我に返って体を震わせた。一呼吸おくと、おずおずと教室に足を踏み入れる。
教師の横まで歩みを進めて教室を見渡す。周囲からざわめきが上がった。見知らぬ男女がバラバラに座り、みんな一斉に瑞煕に注目している。初めての感覚に、瑞煕は頬を赤らめてうつむいた。
そんなざわめきをよそに、教師は黒板に「河拿 瑞煕」と大きく書くと振り返って手を叩いた。
「ほらみんな静かに!今日からみんなと一緒に勉強する河拿瑞煕さんです。ちょっとワケあって声が出せないみたいなの。でもしゃべれないからと言ってみんなとコミュニケーションをとるのは難しくないはずよ。みんな仲良くしてあげてね。」
そう言葉を切って教室を見渡した。瑞煕も恐る恐る顔を上げる。クラスメイトの視線が、先ほどとは違うものに変わっているような、そんな気がした。
「それじゃあ、河拿さんの席は鴕久地くんの隣ね。廊下側の後ろのほうの・・・あそこよ。」
教師が指す方向を見ると、鴕久地、と呼ばれたらしい男子が手を振っている。その隣の席が空いていた。瑞煕は教師に向かってうなずくと、指定された席へ向かう。前から、横から、背後から、教壇に立っていた時とは比べ物にならない、刺すような痛いほどの視線を感じた。
席へ座り、横を見ると鴕久地と呼ばれた男子と目が合った。茶色く、くせのある短い髪に大きな黒い瞳が印象的で顔には人の良さそうな笑みを浮かべている。
教師はホームルームを続けている。教室の小さなざわめきは収まらない。そのざわめきに紛れて、隣の男子が口を開いた。
「はじめまして。僕は鴕久地閨登といいます。これからよろしく。」
そう言って柔和なの笑みを瑞煕に向ける。瑞煕もはにかんだような笑みを返し、小さく頭を下げる。そしておもむろに口を開いたが、やはり声は出ず悲しげに眼を伏せると喉を押さえた。
そんな瑞煕の様子を見ていた閨登は、優しく微笑むと喉を押さえていた手をそっと下させた。
「大丈夫だよ、無理しないで。」
その言葉に顔を上げると、「ねっ」と言って閨登は満面の笑みを浮かべた。好奇の目を向けられると思っていた瑞煕は、その言葉と笑顔に少し戸惑い、やがて安心したようにうなずいた。
ホームルームの終わりを告げるチャイムと同時に、教室のざわめきは爆発音のように大きくなった。
大勢のクラスメイトが椅子を蹴飛ばし、机を乗り越え、瑞煕の周りに集まってくる。
「どこから来たの?」「どこに住んでるの?」矢継ぎ早に繰り出される質問に瑞煕はすっかり困惑しきっていた。これが祷葵の言っていた「転入生の洗礼」なのだろうか。
助けを求めるように閨登のほうを見やると、閨登もまた困った顔をして笑っていた。こうなってしまってはどうしようもないらしい。瑞煕はメモ帳とペンを取り出し、クラスメイトの質問ひとつひとつに答え始めた。
2.

学校が終わり、家路に着くころには辺りはうっすら暗くなっていた。
一日中様々な質問をされ、何をするにも注目され、瑞煕はすっかり疲れ切っていた。バスの中で目を閉じ、揺れる車体に体を預ける。
そういえば、夕食の材料がもうなかったっけ・・・。ぼんやりした頭で献立を考えながら目的地の商店街でバスを降りる。ドームのように大きなその商店街は、真昼のように明るかった。
大きな買い物かごを提げた主婦や学校帰りの生徒たちで商店街は賑わっている。自分と同じ制服に身を包んだ人混みに紛れて、瑞煕も目的のものを探すべく店を物色し始めた。

バチッ バチッ
大きな音と同時に、突然商店街の灯りが一斉に点滅した。軽快な音楽も途絶え、周囲のどよめきだけが商店街にまばらに響いている。不安そうな顔を見合わせ、天井を見上げ、人々の足取りは完全に停止していた。
停電?落雷?しかし、今日は雲ひとつない晴天だったはず―・・・
みしっ、と何かが軋む音がし、次の瞬間、商店街の空が割れた。
派手な音をたて、ガラスが雨のように降り注いだ。悲鳴が上がり、周囲の人々がバラバラに走りだす。

グオオォォォ・・・

低い唸り声を上げて姿を現したそれは、一瞬にして瑞煕の体を凍りつかせた。
黒い体に、黒い翼。赤い目をして、鋭い爪を光らせているその異様な生物は、以前見た古斑のペットと同じ姿をしていた。
しかし、拳銃ひとつで倒れた以前の生物に比べ、明らかに巨大であった。見上げるように背の高い影。こんな生物が暴れたら、街はひとたまりもないだろう。
呆然と立ち尽くす瑞煕を突き飛ばし、パニックを起こした人々が走り去ってゆく。
・・・逃げないと。いや、戦わないと。
二つの選択が、瑞煕の頭の中でぐるぐると駆け巡る。人々の悲鳴に紛れて、名前を呼ばれた気がした。誰のものかもわからないまま、その声はすぐにかき消されてしまう。
商店街に君臨したその異形は、瑞煕を見つけると低い雄叫びをあげた。気づかれた。激しい焦燥感が瑞煕を襲う。

鋭い爪が振りあげられた。赤い二つの目がまっすぐ瑞煕をとらえて離さない。
逃げろ、逃げろ、逃げろ…頭が警告音を発している。人々の悲鳴が、自分を呼ぶ声が、遠くに聞こえる。すくんだ足は言うことを聞かず、地面に根を張っているかのように動かない。
逃げまどう人々、遠くに聞こえる悲鳴、そして振り下ろされる鋭い爪。すべてがスローモーションのように感じられた。すべてが現実離れした光景。
「・・・河拿さんっ!」
耳元で叫ばれた自分の名前。現実へ引き戻された瑞煕の体に鈍い衝撃が走り、状況を把握する前に地面に投げ出される。間一髪、あの鋭い爪を避けられたようだ。恐る恐る目を開きながら、瑞煕は自分を守るように包む、温かい腕を感じていた。
すぐ近くに、顔があった。茶色く、クセのある髪は汗で乱れ額に張り付いている。苦痛に歪んだその顔に、瑞煕は息をのんだ。
(鴕久地・・・くん?)
口だけ動かしてその名前を呼ぶ。固く閉じられた瞼がゆっくりと開いた。黒い瞳が、心配そうに瑞煕を見つめる。
「河拿さん…。大、丈夫?怪我とかない?」
こくん、とうなずくと閨登は安心したように微笑んだ。急いで立ち上がろうと腕をつき、小さく呻いてうずくまる。瑞煕を助ける際に負傷したのだろう、その腕からは血があふれていた。
心配そうな瑞煕に支えられ、よろめきながら立ち上がると閨登は微笑んで瑞煕の目を見た。
「僕のことなら大丈夫・・・。それよりも早く逃げよう!とにかく、この場を離れないと。」
頭の中で渦巻いていた二つの選択肢は消えた。その言葉に瑞煕は力強くうなずき、態勢を立て直している生物を一瞥すると閨登に手をひかれ走り出した。
逃げまどう人混みにもまれながら、この手を離すまいと痛いほどに握りしめる。

グオオオォォォォォ・・・

背後から地鳴りのような低い遠吠えが聞こえる。恐ろしいその声に、振り返るのも躊躇われた。
走って走って商店街の門を抜ける、その時、背後で乾いた音が鳴り響いた。
タァン、タァン、タァン
三度撃ち鳴らされたそれは、恐ろしい叫び声と共に聞こえなくなる。その隙に近くの民家の影に身を潜め、瑞煕と閨登は安堵の息を吐いた。
倒れこむように民家の外壁に身を預け、霞がかった思考を巡らせる。瑞煕の中に、また二つの選択肢が渦巻いていた。
先ほど聞こえた銃声のようなもの・・・。あれは恐らく、いや間違いなく、遷己のものだろう。
だとしたら、自分も商店街戻り、共に戦うべきなのだろう。しかし―・・・
繋がれた手のひらは汗ばみ、熱いくらいだった。そっと手を離すと冷たい風がお互いの熱を冷ます。
力なく壁にもたれて座り込み、荒い呼吸を繰り返す閨登の腕からは、まだ温かい血が流れていた。ポケットからハンカチを取り出して傷口に巻き、きつく結ぶと閨登の顔が痛みに歪んだ。ギュッと閉じられていた瞼が薄く開かれ、その黒い瞳で瑞煕を見据える。
「・・・河拿さん・・・」
名前を呼ばれ、瑞煕はゆっくりと、力強くうなずいてみせる。そのまなざしは、「私は大丈夫」と告げていた。よかった、と声にならない声で呟き、閨登は再び瞼を閉じた。
乱れていた呼吸がゆっくりと落ち着いていくのを確認し、瑞煕はそっとその場を離れた。商店街の方から乾いた銃声と、低い唸り声が聞こえる。
(今度は、私の番。)
頭の中の選択肢はもう、無い。夕日を浴びて白く輝く刀身を携え、瑞煕は商店街へと駆けだした。

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第1話 めざめ

 昼過ぎから降り出した雨は徐々に勢いを増し、夕刻の空をより一層暗くしていた。
 地響きのような低い雨音に支配された小さな街には、こんな天気だというのに多くの人々で溢れかえっている。買い物をする人、学校や会社から帰路につく人。水しぶきを上げて行き交う車。

 何一つ変わらない静かな光景に、突然巨大な黒い影が落ちた。

 鳥にしては大きすぎるし、飛行機にしてはあまりにも不自然なその影を、人々は生活を放棄して呆然と見上げる。ざわざわと上がる声が更に不安を掻き立てた。

「なに……あれ……」

 まだあどけなさの残る一人の少年がぽつりと呟く。ふたつの黒い瞳はめいっぱいに見開かれ、空を滑る影を凝視している。
 黒い翼をはためかせ、長い尻尾をなびかせながら、その影は街の上空から姿を消した。



 賑やかな街から離れた山の中にそれはあった。人の目を避けるようにしてひっそりと、白い大きなコンクリート造りの建物が建っている。
 「河拿研究所」と記された銀のプレート。門扉の奥に続くアスファルトの駐車場には色とりどりの乗用車。身を隠すような立地にあるこの建物にも、確かな活気があることが窺えた。
 雨音にまぎれた微かなエンジン音が白い建物へと近付く。やがて、水しぶきをあげながら一台の黒い車がその門をくぐった。

 車の中から現れたのは一人の若い男だった。白衣の上に黒いコートを羽織り、短い黒髪に眼鏡をかけたその顔は女性のように穏やかだ。
 黒いアタッシュケースを車から引きずりだし小走りで建物へと向かう。駐車場からの短い距離でも、空から降り注ぐ冷たい雫がその肩を濡らすのには十分だった。
 大きなガラス扉を押しあけると、赤いレンガ調の床にずらりと並んだ下駄箱が男を迎え入れる。
 スリッパが廊下を蹴る軽やかな音に、男は濡れたコートを脱ぎながら玄関の奥へ視線を向けた。間もなく明るい紅色の髪を揺らしながら一人の女性が姿を現す。
 形の良い眉をひそめ、彼女は心配そうな表情でその赤く艶やかな唇を開いた。

「おかえり祷葵。……様子、どうだった?」

 一段と暗くなった空に紛れ、黒い翼が風を切る。
 ギラリと光る赤い瞳が何かを見つけたように見開かれた。鳥とも獣ともつかぬ異様な鳴き声をあげ、黒影は山奥の白い建物めがけて急降下する。

 建物の中、蛍光灯の光を反射して白く光る廊下を一組の男女が並んで歩いていた。
 その男の下に一人の青年が駆け寄った、その瞬間。

   耳をつんざくような咆哮が響き渡った。

***

 ――数年後。深い霧に覆われ、その建物は怪しげな雰囲気を放っていた。

 今もなお山の中に身を隠すように、しかし確かな存在感を持ってそびえ立つ白いコンクリートの壁。
 河拿研究所の一室で男は一人厚い雲に覆われた灰色の空を見ていた。わずかに開けられた窓から湿った風が吹き込む。
 短く整えられていた髪は、今や背中に流れるほどに長く伸びている。女性のような穏やかな顔にも確かな大人の貫録があった。
 湿った風が勢いよく暗い部屋に吹き込んだ。窓が揺れ、机の上に積み上げられた書類が宙を舞う。

「そろそろ、か……」

 白衣をひるがえして部屋を後にする。男が扉を閉めるとやがて冷たい雨が降り始めた。

 廊下を渡り、無機質な扉を開ける。眼前に広がる薄暗い部屋には様々な機械や書類、薬品の器具などが所狭しと並んでいた。
 中央に並べられた無機質な硬いベッドには、水色の透き通る髪を持つ少女が横たわっていた。その隣には、短い黒髪の青年が同じようにベッドに身を預けている。
 機械が作動する音と、本格的に降り出した雨音だけが薄暗い部屋の中で響いていた。
 激しい雷鳴が静寂を破り、稲光が二度、三度と部屋を照らす。
 その光に照らされ、眩しそうに目を開いたのは黒髪の青年の方だった。瞬きを繰り返し、ぼんやりとした瞳で宙を見つめている。
 一瞬の稲光。眩しいほどの光に映し出されたのは眼鏡をかけた男の顔だった。青年の顔を覗き込んで柔和な笑みを浮かべている。

「目が覚めたかい」
「――っ!うわあぁっ!」

 派手な音を立てて青年がベッドから転がり落ちた。傍にあった器具を蹴散らかし、書類がバラバラに宙を舞う。怯えた手で床に転がったメスを掴むと男に向け、立ち上がることもできないまま震えた声を吐き出した。

「お、お前は・・・誰だ!?ここは…?」

 全身をガタガタを震わせている青年の後ろで、ギシッと何かが軋む音がした。小さな悲鳴を上げて青年が振り返り、男もまた音がした方を見やった。
 水色の長い髪が、サラサラと闇の中で光っている。ガラス玉のような大きな瞳を見開いて少女はゆっくりと周りを見回していた。そして床に座り込んだ青年と、その傍に立っている男を見つけると小首を傾げてみせた。

「やぁ、おはよう。これで二人とも目が覚めたみたいだな。」

 男は、少女と青年の顔を交互に見ると、二人に背を向けて歩き出した。慌てて青年が声をかける。

「おい、ちょっと待てよ!どこに・・・」
「聞きたいことはいっぱいあるだろう。私も君たちに話さなくてはいけないことがいっぱいある。まぁ、お茶でも淹れてゆっくり話そうじゃないか。ついておいで。」

 その言葉に、少女と青年は顔を見合わせた。先に動いたのは少女の方だった。何も言わず、黙って男の後ろにつく。呼び止めようとした青年も、やがて渋々と少女に続いた。

***

 松葉杖をつきながらゆっくり廊下を進む男に合わせて、少女と青年もゆっくりその後を歩く。不規則な足音が不気味なほどに静かな建物内に響いた。
 廊下の両端には多くの扉があり、それぞれ異なった設備が置かれているようだ。一見清潔そうな白い内装にはうっすら埃がかぶり、奇妙な雰囲気を醸し出している。
 誰も一言もしゃべらないまま廊下を歩き続け、ようやく目的の部屋へついたらしい男が歩みを止めて二人に向き直った。

「さぁ、ここだ。入ってくれ。」

 そう言って開かれた扉の先には応接間らしい空間が広がっていた。部屋の中心にはソファと背の低いガラステーブルが一つ。大きなガラス窓からは激しく降りつける雨と稲光が見える。
 男はソファに二人を座らせ、お茶の用意をしている。手入れが行き届いていない建物内だったが、ここは綺麗に掃除されているらしい。
 男が三人前のお茶を淹れ終わると、すかさず少女が男からお茶を受け取ってテーブルに並べる。すまないね、と短く礼を言い、男も二人と向かい合う形でソファに座った。

「早速本題に入ろうか。私は河拿祷葵。この河拿研究所の所長を務めているよ。・・・とは言っても、今は研究員は誰もいないのだけれどね。」

 そう言い、祷葵は笑って肩をすくめた。そして未だ険しい顔をしている青年と、無表情の少女の顔を見回す。

「君たち、まだ自分の名前もわからないだろう。君たちの名前は遷己と瑞煕。・・・実は、訳あってちょっと君たちに協力を頼みたいんだ。」

 遷己、と呼ばれた黒い髪の青年は訝しげに祷葵の顔を睨んだ。瑞煕と呼ばれた少女は眉をひそめて俯いている。思い思いの反応に、祷葵の胸は少し痛んだ。

「協力・・・って、何をすればいいんだよ?」

 しびれを切らした遷己の問いに、祷葵は腕を組んで目を閉じ、やがて言いにくそうに、言葉を探すように重々しく口を開いた。

「実は―・・・この研究所は数年前から隣町の古斑研究所にずっと狙われていてね。奴の狙いは私の研究内容らしいのだが・・・。もう、私ひとりでは古斑の襲撃に耐えられなくなってしまった。しかし、私の研究内容が古斑の手に渡ったらとんでもないことになる。

 そこで、君たちには古斑の手から私の研究内容を守ってほしい。身勝手なお願いだが、頼めるか?」
 祷葵は深刻な面持ちで遷己と瑞煕の目を見た。瑞煕は黙って俯き、遷己は先ほどの祷葵の話を反芻しているのか、腕を組んで考え込んでいる。

「襲撃から守るっつったって・・・それって俺達、その古斑ってやつと戦うってこと?」

 祷葵は静かにうなずく。表情を変えず、遷己が続けざまに聞いた。

「・・・どうやって?」
「遷己、瑞煕。自分の手首に白いリングが付いているのがわかるか?それを見てくれ。」

 言われて二人とも自分の手首を見た。なるほど遷己は左手首、瑞煕は右手首にそれぞれ白いリングのようなものが付いている。
 それは手首と一体化しているかのごとく、引っ張っても取れそうにはなかった。

「君たちには、ある特殊な能力が付け加えられている。そのリングに触れて、神経を集中させてみてくれ。」

 遷己と瑞煕は顔を見合わせ、そして同時に自分のリングに触れた。手首をじっと見つめ、神経を集中させる。間もなく、二人の腕に変化が起こり始めた。

「!!」

 少女が驚いて立ち上がる。遷己もまた、自分の腕に起こった変化を理解しきれないでいた。
 指が、腕が、その形を失っていく。細胞の一つ一つがバラバラに動いて新しい形を作ってゆく。それはあまりにもおぞましい光景だった。全身を駆け巡る恐怖と混乱。二人はただ、目を丸くして原型を失った己の腕を見つめていた。

「・・・なんだよ、これ・・・」

 細胞の動きはもう止まったらしい。腕が変形する気配ももう無い。その現実離れした光景に、遷己と瑞煕はただただ混乱していた。
 もともと腕があったはずの遷己の左腕は黒光りする長い銃に。そして瑞煕の右腕はすらりと伸びた白い大きな剣に、それぞれ姿を変えていた。
 自分の左腕をまじまじと見つめる遷己の隣で、ひゅっと風を切る音がした。驚いて振り向くと、瑞煕が大剣の切っ先を祷葵の喉元に突きつけている。小柄な彼女には不釣り合いなほどの大きな剣。小さな唇とぎゅっと噛みしめ、祷葵を睨む瑞煕の瞳には大粒の涙が滲んでいた。
 祷葵は両手を上げ、降参のポーズをとっている。苦笑しながら後ずさり、瑞煕から少しの距離をとり、

 次の瞬間、懐から拳銃を取り出し、瑞煕に向かって一発、放った。
 遷己が息をのむ。瑞煕もまた、目を大きく見開いて硬直していた。祷葵が放った弾は瑞煕の横を通り、背後の大きな窓ガラスを割った。同時に鳥のような獣のような、不快な雄叫びが上がる。
 驚いて二人が振り返ると、そこには黒い体に黒い翼を生やし、赤い瞳に鋭い爪をもつ異様な生物が銃弾を受けもがき苦しんでいた。窓ガラスをめちゃくちゃに割り、床に伏せて暴れまわっている。

「瑞煕、伏せろ!」

 後ろから祷葵が叫んだ。言われた通りにしゃがむと、その上を銃弾が一発、二発と通り過ぎる。異様な生物は短い悲鳴を上げると床の上で痙攣し、やがてピクリとも動かなくなった。
 恐る恐る瑞煕が顔を上げる。目を見開いたまま息絶えている生物を見て怯えた目で振り返った。
 拳銃を下し、俯いた祷葵の表情は眼鏡に隠れて読み取れない。
 あまりの出来事に呆然としていた遷己が、震える声を絞り出した。

「・・・い、今のは?」
「あれは、古斑研究所のペットだ。古斑はいつもあいつらを使ってこの研究所に攻撃を仕掛けてくる。この研究所だけじゃない、奴らは街も襲う。このままでは街が古斑の手によってめちゃくちゃにされてしまう。・・・君たちには、あれと戦ってほしい。」
「そんな!・・・いきなり、腕をこんなんにされて、それであんな訳のわからないのと戦え、だなんて、そんなのって・・・。」

 遷己の声は消え入りそうだった。冷たい光を放つ無機質な左腕をさすり、唇をかみしめる。
 本当はわかっているのだ。ここで戦わない、という選択肢はないことを。戦うしかないことを。
 しかし、頭が、理性が拒絶する。ぐるぐると思考を巡らせ、遷己は祷葵を見やった。
 申し訳なさそうに目を伏せる祷葵の瞳に光るものがあった。それは一筋の跡を残して頬を伝う。
 瑞煕がキョロキョロと辺りを見渡し、席を立つと乾いたタオルを祷葵に渡す。祷葵は一瞬驚いた顔を見せたが、やがて瑞煕からタオルを受け取ると微笑んで見せた。それを見て瑞煕も微笑む。
 どうやら瑞煕の心は決まっているようだ。一人取り残された遷己は小さくため息をつくと、がしがしと頭をかいた。

「・・・まったく、泣き落としとかヒキョーだろ。俺もやるよ。・・・そのために俺ら、造られたっぽいし。」

 その言葉に祷葵は一瞬言葉を詰まらせ、目を泳がせながら頬を掻いた。

「・・・あー・・・、・・・気づいてたか。」
「普通気づくだろ、あほ。・・・それと・・・。」

 そこで言葉を切って、遷己は黒光りする左腕を見つめた。

「こんな訳のわからんことされて、お前のことすっげーむかつくはずなのに。・・・何でだろうな、お前には何か恩があるような、そんな気がするんだよ。変だよな。今日初めて会ったばっかなのに。」

 瑞煕もにっこり笑ってうなずく。どうやら瑞煕も、祷葵に恩を感じているらしかった。
 祷葵は驚いた表情で遷己と瑞煕の顔を交互に見つめ、やがて照れたように微笑んだ。

「・・・そうか。すまんな、ありがとう遷己。瑞煕。礼を言うよ。」

 遷己と瑞煕も顔を見合わせ、満面の笑みを浮かべた。
 割れた窓ガラスから吹き込む雨風が、少し和らいでいた。雷が山の遠くで鳴っている。
 遷己は満面の笑みのまま祷葵に向き直り、そして左腕を掲げて見せた。

「・・・それで、この腕、どうやったら元にもどんの?」

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白のフリーク 登場人物

河拿 祷葵(かわな とうき)

 河拿研究所の所長。26歳。
 片足と目が悪く、松葉杖をついて移動している。研究所に引き籠りがちで筋力も体力も無い。
 瑞煕と遷己を造った張本人であり二人の保護者。ドジで心配性で少し抜けている所がある。

 河拿 瑞煕(かわな みずき)

 遠野馬(とおやま)高校に通う17歳の少女。
 右手を剣に変形させて戦う。喋ることが出来ないが感情表現やコミュニケーションは豊か。
 普通の人間じゃないことに負い目を感じており、自分に自信が無い。一度決めたら引かない頑固者。

 河拿 遷己(かわな せんき)

 アルバイトで暇を潰している20歳の青年。瑞煕の兄というポジション。
 左手を銃に変形させて戦う。瑞煕大好きのシスコンであり祷葵大好きのブラコン(?)である。
 誰とでもすぐ仲良くなり良く喋る河拿研究所のムードメーカー。泣き上戸。

 鴕久地 閨登(たぐち けいと)

 瑞煕と同じクラスの少年。17歳。鴕久地。祷葵達がお世話になっている医者の息子。
 人当たりが良く、クラスの人気者で優等生。瑞煕の事をいつも気にかけている。
 勉強はトップクラスだが運動は不得意。両親が厳しいため家があまり好きではない様子。

 舞田 暁良(まいだ あきら)

 白志木(はくしき)大学に在籍している大学生。20歳。朝奈の弟。
 バイト先の居酒屋で遷己と知り合い友達になる。よく飲みに行っては遷己の愚痴を聞いている。
 明るく元気な性格で友達も多いが、父親とは仲が悪くケンカして家を飛び出して以後一人暮らし。

 舞田 朝奈(まいだ あさな)

 暁良の姉で祷葵、套矢の幼馴染。26歳。
 元は河拿研究所で副所長を務めており、祷葵とは恋人同士。今は他県の研究所で働いている。
 快活で頭脳明晰、面倒見の良い女性であり、瑞煕とは姉妹のように仲が良い。

 古斑 套矢(こむら とうや)

 古斑研究所の若き所長。24歳。祷葵の実の弟。
 幼いころ重い心臓病を患い、耕焔に養子として引き取られて以降家族と離れ離れになってしまった。
 朝奈のことは幼馴染以上の感情を抱いているが、兄との関係は祝福している様子。

 古斑 カヤト(こむら かやと)

 套矢の兄、という役目で古斑研究所へ養子にもらわれてきた。
 以前河拿研究所で働いていた理子という女性の恋人であり、その関係で瑞煕に近付こうとする。
 なかなかの美男子だが、歪んだ家庭による愛情不足で性格が曲がっている。

 古斑 耕焔(こむら こうえん)

 古斑研究所の元所長で。套矢、カヤトの育ての親。
 祷葵と套矢の両親である河拿前所長夫婦にライバル心を抱いており、祷葵の頭脳をも狙っている。
 他人のことを捨て駒にしか思っておらず、套矢とカヤト、河拿一家の人生をめちゃくちゃにした。